家や食品に広く混入するプラスチック可塑剤でヒトと犬の精子が劣化かー最新研究

男性不妊の一因は、もしかすると家の中や食品内に混入している化学汚染物質かもしれない。英科学誌ネイチャーの姉妹誌「サイエンティフィック・リポーツ」に2019年3月に掲載されたRebecca N. Sumner氏らの研究では、プラスチックに添加される可塑剤DEHPと、毒性の強いPCB153が、ヒト男性と飼い犬の精子に同じように悪影響を及ぼすことが示された。

男性の生殖能力の低下

【参考動画】”Is male fertility in crisis?” by The Economist(英語):近年の男性の生殖能力低下傾向や精子数についての概説。これまで不妊については主に女性の方が注目されてきたため、男性不妊についてはまだ不明な点も多いという。

この40年の間に、男性の生殖に関する健康状態の悪化を懸念する声が高まっている。精子数の減少が男性の生殖能力低下の指標として用いられており、メタ解析研究によって、1938年から2011年にかけて世界的に精子の質は50%低下したことが示されている。また、フランスでは、17年間にわたり、正常な形態をした精子の割合が減少していることが報告されている。

飼い犬の精子も劣化か

一方、人間の家で飼われている犬の精子の運動性が、26年間で30%低下しているとの報告もあり、ヒト男性の精子と類似した劣化傾向がみられる。

こうしたデータから、ヒトと飼い犬にともに見られる精子の劣化は、両者が共有している環境要因によるものである可能性が示唆される。

内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)が影響している可能性

【参考動画】”Endocrine disruptors are everywhere and affect everyone: From Hormone-Altering Chemicals” by Harvard T.H. Chan School of Public Health(英語):内分泌かく乱物質はいたるところに存在し、あらゆる人々に影響を及ぼしうるという。

これまで精子の質の低下は、人為的に作られた残留性の化学物質と関連づけられてきた。その多くは、内分泌かく乱活性を示す(いわゆる「環境ホルモン」)。想定される影響を裏付けるメカニズムは現在も不明だが、歴史的には、内分泌かく乱の影響を受けやすい胎児の発達期が注目されてきた。しかし、多数の研究によって、ヒトを含む様々な生物の精液中に環境化学物質が存在することが示されており、こうした化学物質が精子に直接影響を及ぼしている可能性がある。

この仮説を支持する研究の例として、

・精液中のビスフェノールA(BPA)濃度の上昇が男性の不妊と関連している

・精液中のフタル酸代謝物濃度の上昇が精子数の減少と関連している

・精液中のDEHP [=フタル酸ビス(2-エチルヘキシル) ] とDBP (フタル酸ジブチル) が精子の運動性低下と関連しており、かつ、この関連はin vitro試験にて確認されている

・イヌにおいて、DEHPとPCB153が、精液および精巣中に存在する濃度で、精子の運動性などを阻害する影響を及ぼす

といったことが示されている。

PCB(ポリ塩化ビフェニル)とは?

【参考動画】映画『食卓の肖像』予告編 (カネミ油症ドキュメンタリー) by ContemporarydanceJP:日本最大の食品公害とも言われる「カネミ油症」では、PCB(ポリ塩化ビフェニール)や、それが加熱されてできるダイオキシン類が混入した油を食べた人々が、全身の発疹や顔面浮腫などを発症した他、黒い赤ちゃんが生まれたりしたという。(日本語)

【参考動画】”PCB chemical pollution threatens to wipe out killer whales” | ITV News(英語):化学的に安定したPCBは長期間にわたり環境中に残留し、生物濃縮により食物連鎖の頂点にいるシャチの生存を脅かしているという。

PCB(ポリ塩化ビフェニル、Poly Chlorinated Biphenyl)とは、耐熱性や電気絶縁性に優れ、化学的に非常に安定な合成有機化合物で、かつては電気機器の絶縁油、熱媒体、可塑剤、塗料・印刷インキ、感圧紙などに広く用いられた。自然界では容易に分解されず、生体の脂肪組織などに蓄積する。強い毒性を持つことが明らかになり、現在はすでに製造・使用が禁止されているが、環境・生体内への残留や廃棄物処理の問題は続いている(残留性有機汚染物質、POPsの1種)。

DEHPとは?

DEHP(フタルサンジエチルヘキシル)は、フタル酸エステルの一種で、主に、ポリ塩化ビニル(PVC)などのプラスチックに柔軟性を与える可塑剤として使用されている。DEHPを含むポリ塩化ビニルは、壁紙、床材、レザー、農業用ビニル、ホース、医療器具、履物や衣類、おもちゃ、文房具、家電製品、カーシートのような自動車関連用品など非常に広範囲に用いられている。欧州のCLP規則において生殖毒性カテゴリー1Bに分類されており、EU、アメリカ、日本において、子供向け玩具などへの使用が禁止されている。また日本では、「油脂又は脂肪性食品に接触するポリ塩化ビニル製の器具又は容器包装」への使用が禁止されている。

食物への溶出・移行などを含めて、DEHPとPCB153は環境中に幅広く存在しており、ヒトの母乳からヒツジの肝臓にいたるまで、様々な生物の組織・体液中で検出されている。

本研究の実験内容と結果

Rebecca N. Sumner氏らの研究では、イヌの精巣やペットフード内に存在していることが確かめられているDEHPとPCB153の2種の化学物質について、ヒトとイヌの精子への影響をin vitro(生体外)試験で調べた。

その結果、DEHPとPCB153によって、ヒトとイヌの両方で同じように、精子の運動性低下とDNAの断片化が引き起こされることがわかった。

また、DEHPとPCB153はそれぞれ単独でも精子に悪影響を与えたが、一方の存在が他方の作用に影響する(交互作用がある)こともわかった。現実の暴露においては様々な化学物質が相乗的または拮抗的に精子に作用すると考えられる。

本実験でイヌとヒトの精子が同じような反応を示したことから、イヌは、人間の精子への環境汚染物質の影響を調べる際の指標になりうることが示唆された。

主要参考文献・出典情報(Creative Commons)
Sumner, R.N., Tomlinson, M., Craigon, J. et al. Independent and combined effects of diethylhexyl phthalate and polychlorinated biphenyl 153 on sperm quality in the human and dog. Sci Rep 9, 3409 (2019). https://doi.org/10.1038/s41598-019-39913-9

管理人チャールズの感想

プラスチックに添加されている化学物質が精子に悪影響を及ぼしているらしいという、なかなかショッキングな内容の研究でした。日々生み出される便利な製品の恩恵にあずかる一方で、これだけ様々な化学物質に囲まれて(そしてそれを体内に取り込みながら)生きている以上、正直、何らかの悪影響はもうある程度、覚悟せざるを得ないように思います。

社会全体としての取り組みが重要であることは言うまでもないですが、同時に、自分の身は自分で守る、という意識も必要かもしれませんね。

※男性の生殖能力を低下させる原因としては様々な可能性が考えられるかと思いますが、携帯電話などから発せられる電磁波が精子に悪影響を及ぼすとの研究報告もあります

⇒ スマホなどの電磁波が人体に及ぼしうる悪影響とその対策ー最新科学論文紹介

海洋のプラスチック汚染については次の記事で簡単に触れています

2018年に話題になった生物学などの最新論文ニュースまとめ10選

2019年の研究では、イルカ・クジラ・アザラシなどの体内でマイクロプラスチックが発見されています。

マイクロプラスチックを海洋哺乳類の体内で発見、調査した全個体でー英最新研究

コメント

タイトルとURLをコピーしました