HIVの除去にマウスで成功ー抗ウイルス薬とゲノム編集を併用、完治治療へ向け一歩前進か【最新研究】

抗ウイルス薬を用いる現在のHIV(ヒト免疫不全ウイルス)治療では、HIVは完治しないため、薬を一生飲み続ける必要があるようです。しかし今回、英科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に2019年7月に掲載されたPrasanta K. Dash氏らの論文では、抗ウイルス薬とゲノム編集技術を併用した治療によって、マウスからHIVを除去することに成功したと発表されています。

参考動画|USA TODAY:本研究の概要を報じたニュース(英語のみ)

現在の抗ウイルス薬治療では、HIVは除去できない

UNAIDS(国際連合エイズ合同計画)によれば、世界で3670万人以上がHIV1型に感染しており、毎日5000人以上が新たに感染していると推定されています。

現在の抗ウイルス薬による治療では、ウイルス感染を抑制することはできますが、患者のゲノムに組み込まれた状態のHIV(プロウイルスDNA)を除去することは残念ながらできないようです。

そのため、抗ウイルス薬の治療をやめると、このように潜伏していたHIVが再び活性化して、エイズ(AIDS、後天性免疫不全症候群)の発症につながってしまうとのことです。

こうした背景から、患者のゲノムに組み込まれたHIVのプロウイルスDNAを除去することが、HIVを根本的に治療する上で重要と考えられます。

しかし、実際にHIVを除去できた患者はこれまでに2人しか知られていないようです。

※HIVが消滅した2人目の事例については次の記事で少し触れています。

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抗ウイルス薬とCRISPRゲノム編集の組み合わせで、HIVの除去に成功

本研究の概要を示した図Prasanta K. Dash氏らの論文[CC]より引用)

本研究では、長期間作用する抗レトロウイルス薬(LASER ART)とゲノム編集(CRISPR-Cas9)の治療を併用した場合に、一部のマウスでHIV1型の除去に成功しています。

ゲノム編集とは、遺伝子を狙った場所で切断したり改変できる技術です。本研究ではゲノム編集によって、マウスのゲノムに組み込まれたHIV(プロウイルスDNA)を除去したとのことです。

※ゲノム編集(CRISPR/Cas9)については、次の記事で詳しく説明しています。

ゲノム編集・CRISPRとは?図や動画でわかりやすく簡単に原理・応用例や倫理的問題を解説
ノーベル賞候補ともいわれるゲノム編集技術(→追記:2020年ノーベル化学賞)。この衝撃的な最新テクノロジーは私たちの社会や生活を大きく変えつつあります。 まだ日本語でわかりやすい説明が少ないように思いますので、英科学誌「ネイチャーコミュニケ...

抗ウイルス薬とゲノム編集のどちらか一方のみを単独で治療に用いた場合には、HIVが検出されたとのことです。両方を併用した場合のみ、HIVの除去に成功しています。

また、本研究では、CRISPR-Cas9ゲノム編集のオフターゲット作用(想定外のDNA部位を切断してしまう働き)は検出されなかったとのこと。

将来的に、ヒトに感染したHIVを除去できるような完治治療の確立へ向けて、重要な一歩が踏み出されたと言えそうです。

主要参考文献・出典情報(Creative Commons)
Dash, P.K., Kaminski, R., Bella, R. et al. Sequential LASER ART and CRISPR Treatments Eliminate HIV-1 in a Subset of Infected Humanized Mice. Nat Commun 10, 2753 (2019). https://doi.org/10.1038/s41467-019-10366-y

管理人チャールズの感想

ゲノム編集技術を利用したHIVの治療については、2018年に、中国の研究者がCCR5と呼ばれる遺伝子を編集した双子の赤ちゃんを世界で初めて誕生させ、国際的に批判を浴びたことが記憶に新しいですね。

詳しくは次の記事で触れています。

世界初の遺伝子編集ベビーを誕生させた中国研究者、自ら語る【動画】
2018年11月に世界で初めて遺伝子編集した双子の赤ちゃんを誕生させたと発表して、メディアや科学者たちから強い批判を浴びている中国の賀建奎(フー・ジェンクイ)氏。 受精卵のゲノム編集は、倫理的な問題などから、中国を含む多くの国で規制されてい...

倫理的に議論すべき点や、技術的課題はまだまだあるとは思いますが、近い将来、大半の人が医療面でもゲノム編集の恩恵にあずかるようになることは、ほとんど間違いないような気がしています。

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