虫にも痛覚があり、慢性的な痛みを感じている可能性を示唆する証拠がハエの実験から得られたようです。米科学誌「サイエンス・アドバンシーズ」に2019年7月に掲載されたThang M. Khuong氏らの論文によると、ショウジョウバエでは傷が回復した後でも持続的な慢性痛を経験していることがわかり、そのメカニズムの一端も解明できたとのこと。
将来の応用としては、人間の慢性痛を治療する新しい方法の開発を目指しているようです。
参考動画|TED-Ed:動物はどのように痛みを感じるのか?(日本語字幕あり)
慢性痛とは?
慢性痛は、世界で何十億人もの人々の生活の質に大きく影響を及ぼしています。しかし、現在の治療では、ほとんどの患者の痛みには十分に対処できていないとの報告もあります。
また、たとえばアメリカでは、医師から処方されたオピオイド鎮痛薬の過剰摂取などにより年間数万人が死亡する、いわゆる「オピオイド危機」が大きな社会問題となっています。
参考動画|ニューヨークタイムズ:アメリカのオピオイド危機の概要(2017年)
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神経障害性の痛みは一般に治療が困難である一方で、痛みの原因となる生理的・分子的メカニズムはいまだにはっきりと解明されていないようです。
ヒトでは、神経が損傷することによって、本来無害だった刺激から痛みを感じる場合がある(=アロディニア)ようですが、これは脊椎動物に限られた事象ではないようです。
昆虫の痛覚:昆虫も痛みを経験している?
ショウジョウバエ (CREDIT: André Karwath aka Aka[CC])
昆虫が痛みを感じるとは、普通の人は考えないかもしれません。
しかし、私たちが痛みとして知覚する熱や損傷などの危険な刺激を、さまざまな無脊椎動物でも感じとって、それを回避できることがすでに示されています。
たとえば、2003年のショウジョウバエの研究によって、昆虫が痛みのようなものを経験していることは、すでに知られているようです。
急性の痛みについてはすでにショウジョウバエで実験が行われていますが、慢性的な痛みについては、これまで調べられていませんでした。
今回、Thang M. Khuong氏らの研究では、ショウジョウバエの脚を切断して神経を損傷させ、ホットプレートの熱刺激に対する逃避反応の変化を調べる実験によって、昆虫が慢性的な痛み(アロディニア)のようなものを経験している可能性が初めて報告されています。
本研究の実験結果:昆虫も慢性的な痛みを感じているようだ
本研究の実験の概要や結果(一部)(Thang M. Khuong氏らの論文[CC]より引用)
★傷つけられていない野生型のショウジョウバエは、ホットプレートの表面温度が42℃以上(有害)になると、強い逃避反応を示した(ジャンプした)。表面温度が25℃~38℃の間(無害)では、逃避反応は最小限にとどまった(図A、B)。
★ハエの中脚を切断すると、切断から5日後以降に無害な38℃の温度でも強い逃避反応が見られるようになり、その傾向は21日間にわたり持続した(図C、D、E、F)。足を切断した影響によると思われるハエの動きの変化は見られなかった(図G)。
このように、神経が損傷することによって、傷が回復した後でも、本来無害だった刺激に対して過剰に反応するようになる慢性痛のような現象(アロディニア)が昆虫でも確認できたようです。
また、別な実験によって、痛みの刺激に過敏になった原因は、中枢神経系の「痛みのブレーキ」が失われたためだと考えられたようです。
将来、本研究の知見を応用すれば、人間の慢性痛について対症療法ではなく、慢性痛の原因をターゲットとした薬や幹細胞療法など新たな治療法の開発に役立つ可能性があります。
依存症を引き起こさない、オピオイド鎮痛薬などに代わる対処法の開発が期待されます。
管理人チャールズの感想
昆虫の痛覚に関する、興味深い研究でした。「痛みのブレーキ」を失って刺激に対して過敏になることは、本来は、動物が危険な状況で生き残る上で役立っていたと考えられるようですね。
現代に生きる私たち人間の場合には、痛みに対して、より良い解決策が必要なように感じます。
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