遺伝子ドライブの概要に関してわかりやすい日本語の情報がまだ少ないため、ハーバード大学ヴィース研究所が公開している動画やMITメディアラボのK.M.Esvelt氏の論文などを引用しながら、遺伝子ドライブの原理・仕組みなどについて簡単にまとめてみました。
※当記事執筆者は遺伝子ドライブの専門家ではありませんので、学術的により正確・厳密な情報を求められる方は、記事最下部に記載している専門書や一次資料などを直接ご覧下さい。
遺伝子ドライブの概要(動画+図説)
遺伝子ドライブとは?
遺伝子ドライブ(ジーンドライブ, gene drive)とは、通常のメンデル遺伝の50%の確率を越えて子孫に遺伝子が伝わるシステムのこと。
遺伝子ドライブを応用すれば、例えばマラリアを媒介する蚊のような野外の生物個体群を人為的に改変できる可能性がある。
参考動画|Wyss Institute(ハーバード大学ヴィース研究所):遺伝子ドライブの概要をアニメーションでわかりやすく解説(英語のみ)
科学者たちはこれまでに家畜や栽培植物の形質を変えてきたが、野生の生物個体群の形質を変えることにはまだ成功していない。
ここでは蚊を例として、人為的に改変した遺伝子を導入しても野生の個体群で存続できない理由と、遺伝子ドライブ技術によってその状況がどのように変わりうるのかを簡潔に説明する。
改変した遺伝子は通常、野生の個体群で存続できない
Kevin M Esvelt氏らの論文(CC)の図を改変
青で示した蚊には、一方の染色体に改変した遺伝子が挿入されている。
この蚊が野生型の蚊と交配すると、両親それぞれの染色体が一本ずつ子に伝わるので、子の半数が改変した遺伝子を持ち、残りの半数は野生型となる(= 改変遺伝子が子に伝わる確率は50%、メンデル遺伝)。
仮に改変遺伝子が蚊の生存や繁殖にとってマイナスにならないとしても、野生型が大量に存在する中では改変遺伝子は低頻度にとどまり、遺伝の組み合わせ次第では数世代で絶滅してしまう可能性もある。
そのため、マラリアやデング熱などを媒介する蚊に単純に改変遺伝子(例えばマラリアの伝達を防ぐ遺伝子)を導入して放つだけでは、野外の蚊の個体群全体にその形質を広めることは難しい。
遺伝子ドライブを用いれば、改変遺伝子が子に伝わる確率を高められる
Kevin M Esvelt氏らの論文(CC)の図を改変
遺伝子ドライブでは、通常のメンデル遺伝の50%を越えて、最高100%の確率で特定の遺伝子を子に伝えられる可能性がある。
これが実現できれば、改変遺伝子を急速に集団中に広められることになる。
遺伝子ドライブ自体はもともと自然界で見られる現象で様々なメカニズムが存在する*が、Kevin M Esvelt氏らが提案した遺伝子ドライブでは、新しい強力なゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9を利用している。
CRISPR/Cas9によって遺伝子ドライブの応用可能性は一気に広がった。
関連記事 ⇒ ゲノム編集・CRISPRとは?わかりやすい図や動画で簡単な原理や応用例・倫理的問題を解説
*自然界の遺伝子ドライブのメカニズムとして、例えば
・自身のコピーをゲノムの他の場所に挿入するトランスポゾン
・メスの宿主のみを通して子孫に伝わる細菌類ボルバキア
・自分と同じ配列を含まない染色体中に自身をコピーするエンドヌクレアーゼ遺伝子
などがある。これらの働きによって、特定の遺伝子が通常より高い確率で子孫に伝えられる。
CRISPR/Cas9遺伝子ドライブの原理(メカニズム)
Kevin M Esvelt氏らの論文(CC)の図を改変
CRISPR/Cas9遺伝子ドライブを適用した蚊は、2つの染色体両方に
・改変遺伝子
・Cas9酵素(DNAを切断する「はさみ」)の遺伝子
・ガイドRNA(DNAをどこで切るべきか教えてくれるガイド)
を持つ。
この遺伝子ドライブの蚊が野生型と交配して遺伝子が子に伝えられる時には、ガイドRNAがCas9を誘導して、野生型の親由来の野生型遺伝子を切断させる。切断されたDNAを細胞が修復する際に、遺伝子ドライブの親由来の染色体(改変遺伝子・Cas9酵素のための遺伝子・ガイドRNA)が鋳型としてコピーされる。
つまり、改変遺伝子だけでなく、他方の染色体を切断して改変遺伝子をコピーさせる仕組み自体(「はさみ」と「ガイド」)も子に伝わることになる。
結果として、蚊は両方の染色体に同一の改変遺伝子とCas9酵素遺伝子・ガイドRNA(遺伝子ドライブのセット)を持つことになり、その後すべての子孫にこの遺伝子を伝えられるので、世代を重ねるにつれこのプロセス(切断→コピー)が繰り返され、改変遺伝子が集団中に広まることになる。
まとめ
ある遺伝子は通常、50%の確率でしか子に伝わらない。しかし遺伝子ドライブを用いれば、最大100%の確率で特定の遺伝子を子に伝えることができるので、野外の個体群全体に特定の形質を広められる可能性がある。
CRISPR/Cas9を用いる遺伝子ドライブでは、野生型の親由来の相同染色体を切断して遺伝子ドライブのコピーを挿入することにより、2つの染色体がともに遺伝子ドライブとなる。このメカニズムによって、高確率で特定の遺伝子を子に伝えることができ、集団全体に広められる可能性がある。
※2018年には実験室で蚊を絶滅させることに成功したとの論文が発表されています。また2019年には、哺乳類(マウス)へ遺伝子ドライブの適用に成功したとの論文が出た一方で、遺伝子を改変した蚊を野外に大量に放つ実験が事実上失敗に終わったことも報告されています。
遺伝子ドライブの課題・応用や危険性とその対策などについては次の記事にまとめています。
通常の遺伝子ドライブよりも自己増殖性を弱めた「デイジードライブ」については次の記事をご覧下さい。
遺伝子ドライブに対する抵抗性については次の記事をご覧ください。
ゲノム編集の基本原理・応用などについては以下の記事をご覧ください。
参考文献・資料など
・Wyss Institute(ハーバード大学ヴィース研究所)の動画「gene drive」
・論文: Esvelt KM et al. Emerging Technology: Concerning RNA-guided gene drives for the alteration of wild populations eLife 2014;3:e03401
・上の論文の著者でMITメディアラボ助教Esvelt氏のWebサイト「Sculpting Evolution」
※遺伝子ドライブを人間に適用することで、人間の集団が改変されてしまう可能性について懸念している人も一部いるようですが、Esvelt氏の回答では、ヒトの場合は世代時間が長いため遺伝子ドライブが集団に広まるのには何百年もかかってしまい、現実的ではないと説明されています。
※遺伝子ドライブについての専門書籍も出ています(PDF版は出版元のNational Acadamies Pressで無料でダウンロード可): Gene Drives on the Horizon: Advancing Science, Navigating Uncertainty, and Aligning Research
※当記事は新しい情報などを元に今後も更新する可能性があります。
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