遺伝子ドライブとは、マラリアを媒介する蚊を根絶させたり、ネズミなどの外来侵入種をコントロールできる可能性を持つ遺伝子改変技術ですが、その自己増殖的な特性のために、無限に広がって世界中のターゲット生物種に影響が及んでしまう危険性が懸念されています。こうした遺伝子ドライブの問題への対応策として、学術誌「米国科学アカデミー紀要」に2019年4月に掲載されたCharleston Noble氏らの論文*では、世代を重ねると自然に消滅するような、新しい遺伝子ドライブ技術である「デイジー・ドライブ」が提案されています。
*プレプリントとしては2016年にbioRxivに掲載
参考動画 ”Daisy-chain gene drives” MIT Media Lab (英語のみ):通常の遺伝子ドライブと、デイジードライブ(デイジーチェーン遺伝子ドライブ)についてのわかりやすい解説
遺伝子ドライブとは?
遺伝子ドライブとは、通常のメンデル遺伝(50%)よりも高い確率で遺伝子が子に伝わる現象のこと。遺伝子ドライブを応用すれば、改変した遺伝子(例えばマラリアの伝達を防ぐ遺伝子)を野外集団(例えばマラリアを媒介する蚊)に広められる可能性がある。
※遺伝子ドライブの概要については次の記事で詳しく解説しています
⇒ 遺伝子ドライブとは?図や動画で原理・メカニズムをわかりやすく解説
改変遺伝子を持つ個体を野外に放つだけでは、普通、改変遺伝子は野生集団中に広まらない。
(K.ESVELT 2018 CC BYの図を改変)
一方、遺伝子ドライブでは、最大100%の確率で子に遺伝子を伝えられれる。しかし、このような通常の遺伝子ドライブは自己増殖的な特徴を持っているため、ローカルな野外集団の遺伝子を改変するのみならず、世界規模で遺伝子ドライブが改変遺伝子とともに際限なく広まってしまう危険性がある。(K.ESVELT 2018 CC BYの図を改変)
新技術・デイジードライブとは?
今回新たに発表されたデイジードライブ(デイジーチェーン遺伝子ドライブ, daisy chain gene drive)では、遺伝子ドライブの要素(DNAのハサミなど)を複数の染色体に分散させることによって、自己増殖的な性質を弱めて、時間(世代)の経過とともに自然に消滅するよう設計されているようだ。
※デイジーチェーン(daisy chain)とは、元来、ヒナギク(花)を鎖状につないだものを指すようです。
(K.ESVELT 2018 CC BYの図を改変)
通常の遺伝子ドライブでは、Aが野生型の対立遺伝子Wを改変して自分と同じAにすることでAA(ホモ)になる。一方、デイジードライブでは、Aが野生型の対立遺伝子Wを改変してAAとなるにはBのハサミが必要となる。同様に、Bが野生型の対立遺伝子Wを改変してBBとなるにはCのハサミが必要となる。Cには適切なハサミがないので、自己増殖できない(CCにはならない)。そのため、世代を重ねるとC、B、Aの順に遺伝子の頻度は減少していき、最終的には遺伝子ドライブは推進力を失う(エンジンを使い果たした打ち上げロケットのように)
(Charleston Noble氏らの論文 [CC] の図を改変)
Bは、Cがないと遺伝子ドライブにはなれない。Aは、Bがないと遺伝子ドライブにはなれない。世代を重ねるとC、B、Aの順に遺伝子頻度は減少していく。そのため、デイジードライブでは、最終的に遺伝子ドライブは止まると考えられる。
デイジードライブの危険性
(Charleston Noble氏らの論文 [CC] の図を改変)
しかし、デイジードライブにもリスクがある。上図のように、DのハサミがAの染色体に移動するような遺伝子の組み換えが起こってしまうと、自己増殖型の遺伝子ドライブ(デイジー・ネックレス)となって、通常の遺伝子ドライブと同様に無限に広まってしまう危険がある。
管理人チャールズの感想
遺伝子ドライブについては、2018年に実験室で蚊の絶滅に成功しているほか、2019年にはマウスの生殖系列で遺伝子ドライブの応用に一部成功したことが報告されるなど、哺乳類にまで応用範囲が広がっているようです。
すでにゲノム編集で遺伝子を改変された人間の赤ちゃんが誕生するなど、各人の倫理感だけに頼ることはできない時代だと思いますので、遺伝子ドライブ関連の技術についても、誰かが無責任に使用する可能性は十分あるように感じます。こうした潜在的な脅威も考慮して、より確かな安全策・対応策が必要なように思います。一般の人々も含めて十分に議論することが大切でしょう。
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