中国の研究チームが行った、ヒトの遺伝子をサルに移植する実験が倫理上の議論を巻き起こしている。中国の英文科学誌「ナショナルサイエンス・レビュー」に2019年3月に掲載されたLei Shi氏らの研究では、ヒトの脳の発達に関わる遺伝子をサルに移植する実験を行った結果、遺伝子を導入したサルで脳の発達の遅れや、短期記憶の向上が見られた。人間では他の霊長類よりも脳の発達に時間がかかることが知られており、今回の研究結果との類似性が示唆されるという。
※アイキャッチ画像:本実験で用いられたアカゲザル(クレジット:Lei Shi氏らの論文[CC]の補足資料)
参考動画|「猿の惑星」が現実に? 猿に人間の遺伝子を移植、中国の研究チーム(BBC News Japan):本研究の概要を報じたニュース
ヒトの脳における遺伝子の役割
ヒトを他の霊長類と分け隔てている最も根本的な進化上の特徴は、脳サイズの増加と認知能力の向上だ。しかし、ヒトの脳の遺伝的基盤については、まだはっきりわかっていない。
ヒトの脳の進化に貢献していると考えられる有力候補として、MCPH1という遺伝子がある。ヒトでは、MCPH1遺伝子の変異が小頭症(脳の体積が小さくなる病気)を引き起こすことが知られている。
今回、Lei Shi氏らの研究では、レンチウイルスを利用して、ヒトのMCPH1遺伝子のコピーをアカゲザルのゲノムに導入して、遺伝子組み換えサルを作り出した。そして、遺伝子組み換えサルと野生型のサルで、脳の発達度合や行動・認知能力などを調査・比較した。
本研究で遺伝子組み換えサルを作り出した手順(Lei Shi氏らの論文[CC]の図を改変)
本研究の結果
脳の発達速度の遅れ
MRIによる脳の画像解析などの結果、ヒト遺伝子を導入した遺伝子組み換えサルでは、野生型のサルよりも、脳の発達が遅れていることがわかった。
人間では、他の霊長類よりも脳の発達に時間がかかることが知られており、そのことが神経ネットワーク可塑性の長期化などと関係しているという。遺伝子組み換えサルにおける脳の発達の遅れは、人間と同様の現象と解釈できるかもしれない。
記憶力の向上
短期記憶を調べるテストの模式図(Lei Shi氏らの論文[CC]の図を改変)
コンピュータスクリーン上で、何秒か前に表示された色と形を覚えているかどうか調べる「遅延見本合わせ」テストによって、短期記憶の能力が調べられた。その結果、遺伝子組み換えサルでは、野生型のサルと比べて短期記憶の能力が向上していることがわかった。また、遺伝子組み換えサルの方が反応時間が短くなっていった。
まとめ
本研究では、ヒトの脳に関係する遺伝子をサルに移植することで、脳の進化における遺伝子の役割の一端を明らかにした。ただし、今回のアカゲザルを用いた研究に対しては倫理的な面から批判の声も上がっている。
管理人チャールズの感想
ヒトの脳に関わる遺伝子をサルに組み込むという、物議をかもした研究でした。論文の著者らがアカゲザルを選んだ理由は、マウスほど人間から離れておらず、類人猿ほど人間に近くはないということだと思いますが、遺伝子編集ベビーの誕生など昨今の事情を考えると、批判の声が上がるのも無理はないのかなという気がします。
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